東小松川・源法寺
東小松川・源法寺は、南葛「南回り」の第八十四番札所です。
【札所番号】
南回り:第八十四番
【札所名】源法寺(浄土宗)
【所在地】
旧番地等 | 江戸川区東小松川2-4349 | |
現在の地名 | 江戸川区東小松川2-16-19 |
# 旧番地等は昭和51年版の『江戸川区史』に載っている所在地です。
【御詠歌(南回り84)】
【南回り次の札所】
第八十五番、東小松川・寿光院
当ブログは二系統の南葛八十八ヶ所めぐりに注目して札所となっているお寺や神社を参拝しています。
「南回り」「いろは大師」という呼称については目次のページをご覧ください。
東小松川・源法寺は、南葛八十八ヶ所「南回り」の第八十四番札所ですが、南回り固有の大師堂などはありませんでした。
源法寺は浄土宗なんですが、弘法大師霊場の札所はかならずしも真言宗のお寺というわけではなくて、本場四国でも他宗のお寺が札所になってるそうですよ。
何にもないと話が終わっちゃうので見どころをいくつか。まず、境内に福森久助(江戸時代の歌舞伎の作者)のお墓があります。
久助の墓といっても久助ひとりのお墓というわけではなくて、墓石の前にも横にも戒名が沢山刻まれていて、そのうちのひとつが久助の戒名だということみたいです。
寛文三年(1663年)の庚申塔です。たぶん古いということで文化財になっているんでしょうね。こういった石の庚申塔で青面金剛が刻まれている最古の例は福井県にある正保4年(1647年)の庚申塔だそうです。
ja.wikipedia.org
わたしとしては、庚申塔の横にあった雷神様の石碑にも注目したいです。雷神様を二体、上下に並べて浮き彫りにしたものです。
どこにも雷神様とは書いてないんですが、丸い輪っかに小さな太鼓をいくつもつけて背負い、手にしたバチで叩く姿はどう見ても雷神様ですね。
江戸川区内はかつて雷の被害が多かったみたいで、東葛西のほうには雷という旧地名があったりします。また、区内の何ヶ所かに「大雷神」と呼ばれる石碑があります。特別偉大な雷神様をお祀りすることで、小さな雷が驚いて逃げて行くという事らしいです。
源法寺の雷神様も、おそらくそういった大雷神のひとつなんじゃないかなと思います。現場になんの説明もなかったので憶測ですけどね!
以下は江戸川区一之江と中央にある大雷神について書いた昔の記事です。
最後にオマケです。わたしは弘法大師像を探して歩いているので、僧形で座ってる人の石像を見ると「もしや?!」と思ってしまうんですね。それで源法寺の門前にある石碑を見て、一瞬ドキッとしたんですが、よく見ると持ち物が違うので別の仏様ですね。
そもそもお寺が浄土宗なので門前のこんな目立つところに弘法大師像はありそうもないんですが、よく見ると蓮華の台座にのっています。弘法大師の像ってあんまり蓮華の台座にはのらないんです(絶対ないとも言い切れないですけど)。
それからこの像は右手は欠けてるのか何か握ってるのかよくわからないですが、左手に持っているのは宝珠ですね。弘法大師の座像だったら、ほぼ間違いなく右手に五鈷杵(ごこしょ)、左手には数珠を握っています。
あと、この仏様は片足を台座から下ろした半跏座(半跏趺坐)という坐り方をしています。こういうのも弘法大師像にはまずないですね(絶対ないとも言い切れないですけど)。
それで、この石像がなんという仏様の像なのかっていうと、これが難しい問題ですね。
石碑には南無阿弥陀仏って書いてありますが、阿弥陀如来にしてはしっかり袈裟を着ているし、半跏座なのも阿弥陀様っぽくない。
左手に宝珠を持っていて半跏座なので、お地蔵様っぽい気がします。地蔵菩薩は立ってる印象かもしれないですが、座像もあって、蓮華の台座から片足を下ろした姿で描かれることが多いです。それに右手。何か握ってるように見えるから、錫杖(しゃくじょう)の柄を掴んでる設定なのかもしれないですね。