二系統の南葛八十八ヶ所霊場

旧南葛飾郡に開かれた二系統の南葛八十八ヶ所を実際に回っています。

見分け方早分かり
いろは大師(北回り)|大心講|大正14年|一番は奥戸・善紹寺
南回り|弘山講|明治43年ごろ|一番は東小松川・善照寺
「名称について」も読む

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原神社内(発見できず)

【札所番号】
いろは大師:第三十九番(幡多郡半田村大字中山・延光寺の写)
#( )内は『御詠歌集』に従っています。正しくは「平田村」

【札所名】原神社内(原稲荷神社)

【所在地】

旧地名 葛飾区原
現在の地名 葛飾東立石4-39-8

【御詠歌(いろは大師39)】
なむやくし しよびやうしつぢよの ぐわんなれば まいるわがみを たすけたまへよ

【いろは大師、次への順路】
三十五番宅地添えへ五丁半
 

原稲荷神社

 『御詠歌集』には「三十九番 葛飾区原(東立石四丁目)原神社内」とあり、この住所で、次の三十五番への距離などから考えても原稲荷神社なのではないかと思うのですが、境内をくまなく探したものの大師堂や大師像のようなものは発見できませんでした。

 境内に神社の由緒が刻まれた石碑がありましたが、昭和七年に本殿を建てなおしたことは書かれていましたが、神社自体が移動したような話はありませんでした。

 とはいえ、古い地図を見ると、戦前の原稲荷神社は今より境内地が少し広かったみたいに見えるので…ひょっとすると神社の外の路辺にお堂があるんじゃないだろうかと首を捻っています。

 原稲荷神社の周辺で三十九の台座に座ったお大師様を見た方はいらっしゃいませんかー?

追記 2022年7月

 コメント欄で情報をくださった方とメールでお話したところ、情報の出所が地元で札所をまわっているT氏からの情報ということなので、その方のサイトを拝見しました。いろは大師39番は 奥戸・善紹寺遷座されたとありました。善紹寺の開山堂を扉のガラス越しに拝見すると、番号のない大師像が2体安置されているのが見えるので、そのどちらかが39番かもしれないし、そうでないかもしれません。なお、T氏のサイトにはどういった調査でそうだと判断したのかは書かれていませんでした。また当ブログではお寺に確認などは取っていません。

追記 2023年12月13日

 さらに別の方から情報がありました。善紹寺で土に埋もれて読めなかった台座が現在は土が取り除かれたということで、第三十九番の文字を確認できたということです。というわけで、かつて原神社内にあった39番は現在では 善紹寺遷座されています。そりゃ探してもみつからないわけだー。

弘法大師 空海 密教