二系統の南葛八十八ヶ所霊場

旧南葛飾郡に開かれた二系統の南葛八十八ヶ所を実際に回っています。

見分け方早分かり
いろは大師(北回り)|大心講|大正14年|一番は奥戸・善紹寺
南回り|弘山講|明治43年ごろ|一番は東小松川・善照寺
「名称について」も読む

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南回りの49番と52番は路辺の地蔵堂だったようです

 南葛「南回り」の四十九番と五十二番は、いずれも一之江エリアのどこかにあった地蔵堂ということになっています。現在それらしい地蔵堂がみつかっていません。


【札所番号】
南回り:第四十九番

南回り:第五十二番

【札所名】地蔵堂

【所在地】

現在の地名 江戸川区一之江あたり、所在不明

# 52番に関しては、現在の大杉会館(大杉2-2-2)かもしれない。

【御詠歌(南回り)】

【南回り次の札所】
49番の次→第五十番、西一之江・法養寺

52番の次→第五十三番、上一色・ 正蔵院


当ブログは二系統の南葛八十八ヶ所めぐりに注目して札所となっているお寺や神社を参拝しています。

「南回り」「いろは大師」という呼称については目次のページをご覧ください。


 『江戸・東京札所事典』によれば、南葛八十八ヶ所「南回り」の49番と52番は「地蔵堂」とだけあります。一之江か西一之江のどこかにあった路傍の地蔵堂だったと考えられます。

46〜53の位置関係。「?」は便宜的に置いたものでその場所にあったというわけではありません。

 「?」は便宜的に置いただけで、本当にどこにあったかはわかっていません。順路から考えて、?のある場所からそう遠くないどこかだろうとは考えられます。

 現在それらしいお堂もなさそうなので、いずれかのお寺の門前などに遷座されてお堂は廃止されたのではないかと思われます。『事典』は昭和末期の本なので、その頃にはもう地蔵堂はなかったんじゃないでしょうか。

現状ではあくまで憶測ですが

 五十二番に関して、昭和51年版の『江戸川区史』にヒントになりそうなことが書かれていました。大杉会館がある場所は、当時の地名では西一之江2-441で、近くにある円福寺が管理する地蔵堂があったそうです。

 位置的に矛盾がないので、五十二番札所は大杉会館にあった旧地蔵堂なのではないかと考えられます。この件に関しては五十一番・円福寺のほうで書きましたので、よろしければご覧ください。

nankatu.hatenablog.com

大杉会館。かつてここに地蔵堂があったそうだ。
弘法大師 空海 密教